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リュベックの基地へ (セミ鯨研究室2の続き)

さて、夏になると、セミ鯨の夏季生息域であるメーン州リュベックへ、研究室の3人は出かけることになった。
私にとっては、また留守番の季節だ。
でも今度は、「リュベックへ遊びにおいでよ」と、ジャッキーとエイミーが誘ってくれた。

恐る恐る、「旦那も行っていい?」と訊くと、「もちろん」
「リュベックは田舎で、途中までしかバスが通っていないから、バスセンターで○○行きを調べておいで。時間が分かったら、そこまで迎えに行くから」と、スコットも言ってくれた。
やった!セミ鯨に会えるぞ!

ボイヤジャーを含めて、水族館のあちこちに休暇届を出した後目指したリュベックは、カナダとの国境に近い、メーン州の小さな町だった。
メーン湾を渡る橋があって、その橋を渡りきるともうそこはカナダだ。
この町でセミ鯨の研究者は、海外からのボランティアを含めて15人前後で家を借りて夏を過ごす。
私と旦那はその家の1室に1週間滞在した。
92年8月の半ばだった。


セミ鯨研究室で借りている二階屋は、広くて全部で部屋数が10はくだらなかっただろう。
とにかく広さだけはあって、家の中は迷路のようで、なかなか全体像がつかめなかった。

でも、大きさの割にはシャワーは1つしかなくてバスタブにもなく、朝や研究者が調査から戻ってきた夕方は混雑し、最後にはお湯があまりでなくなる始末だった。
朝と昼は、それぞれに好きに食べて、夕食と片づけは当番制だ。

リュベックでの研究者の生活は、ボストンの研究室でもった私のイメージを一新した。
朝は、6時に出航、1日中中佐海域を周り、夕方5時か6時に帰宅する。
油食後は、コンピュータやできてきたスライドで資料の整理をする。
丸一日働いている。
ボストンの姿は仮の姿、つまり、陸に上がった船乗りだったと確信させた。
しかし、ここでも和やかな雰囲気はどんな場合も変わらなかった。

スコット、エイミー、ジャッキー以外は、全員ボランティアで、アメリカ南部から来たクリスやリサ、カナダから来たモー、イタリア人のレニー、スウェーデンから来たスザン、様々な国籍の、鯨好きという共通点をもった人間が集まっていた。
皆、これだけの強行軍を毎年乗りきるだけあって、体力的にも精神的にも人一倍秀でていた(そして技術的にも、優れた写真家としての腕をもっている)。
明るくてさっぱりして、簡単でつき合いやすい人たちばかりだった。
殆どの人が、鯨のために鯨以外の自分の年間スケジュールを調整して働いていた。

例えば、イタリア人のレニーは、祖国ではガイドのアルバイトで生計を立て、セミ鯨の調査時期になると、チーズ持参でリュベックにやってくる。

リュベックの家には、研究者とボランティア以外にも、絶えず、私たちのようなお客さんがいた。

私と旦那がリュベックにやって来た時には、グレッグ夫妻がいた。
グレッグは、日本の海底調査船「しんかい」で働いたことがあって、日本語が上手で、滞在中は私たちとずっと日本語で話した。
私が作ったスパゲティー麺の焼きソバやみそ汁を「なつかしい」と言ってよく一緒に食べた。

私たちの滞在中も、水族館の職員から「そちらへ遊びに来ていいか」と言う問い合わせがあった。
研究者自身は仕事できているのだから、あまり休暇で人が来て、貴重な船に乗れる研究員の人数を減らしたくないようだった。

そう言う話をしているのを聞いていた私たちの方を向いて、クリスが、「君たちはボランティアだからね。君たちのことを言ってるんじゃないから。気にしないで」とかなり真剣な顔で言ってくれたのは嬉しかった。
皆、私たちを”研究室でボランティアしているが、今はバケーションに来ている仲間”としてみてくれた。


リュベックのホエールウォッチング(初日〜ホエールウォッチング船で)

着いた翌日は、この辺りでは有名な、船長兼ナチュラリストのブッチの船・シーファラー(船乗りの意)号で、ホエールウォッチングに出かけた。
船の乗客は10人前後で、船は2階に小さな操舵室があり、1階が乗客用で、デッキと雨風を防ぐ事の出来る小さな船室がある。
ボイヤジャーに比べるとずっと小さく、その分、目線が海面に近い。


ホエールウォッチングは、ボストンではもう何度となく行ったが、リュベック初のツアーは、始まりから終わりまで、全く違っていた。

船は小さな港を出てすぐに、原生林のてっぺんにあるワシの巣やアザラシの集まる岩場などの見せ場にあちこち寄りながら、時間はたっぷりあるとでも言いたげにゆっくりと進んでいく。
船が停まるたびにブッチから説明があり、船が動き出すと驚いて何十羽もの鳥が一斉に海面あたりを飛んでいく。

 カモメの群れが、船の後を追ってくる。

            木の上にいるのは、アメリカの国鳥ハクトウワシ 

 木の上のハクトウワシの巣。

                       自然がとても豊かだ。 

 怖そうにこちらを見るアザラシ

アザラシもこちらに興味はあるけど用心深く、船がいよいよ近づくと、次々と海に飛び込み、こちらの出方をうかがっている。
それでもほんの数メートル先に見ることが出来た。


港を出て1時間ほど立った頃、船の進行先にミンク鯨が見えた、らしい。
旦那は見たが、私は見逃した。
旦那の話では、そのミンク鯨は斜めに体をあげてブリーチングのような格好をしたらしい。

もし見えたら、私にとって2回目のミンク鯨のブリーチングだった。
(ボストンに帰った後で、ボイヤジャーのスコットにこのことを話すと、フィーディング=採餌していたのかも知れないと言われた)
残念ながらその鯨はそのまま姿を消して2度と現れなかった。

初めて現れた鯨を見逃してしまって、すでにもう結構時間も経っていたし、これでもうウォッチングはおしまいなんてことは?と少し焦ったが、これも都会の考え方だった。
実際はそんなことはなく、それからもやはり、時間を気にしない、ゆっくりしたウォッチングがつづいた。
(ところでブッチのホエールウォッチングには港に看板もなく、料金や所要時間を書いたものもなかった。まるで数十人が集まってカナダへ密航でもするかのように、集まった人だけに既にその目的が「暗黙」のうちに承認されている。)

8月というのに海上は寒かった。
船にはそういうことを予想できない乗客も多いだろうと、毛布が用意されていて、それにくるまっている乗客もいる。
私たちはジャッキーからあらかじめ寒いと聞いていたので、2人分で海外旅行用の大きなトランクが一杯になってしまうカナダ在住時に買ったダウンの防寒着や手袋を着ていた。
おかげで寒くて他の誰もいたがらない、鯨のよく見える特等席の船首に、最後まで風を心地よく感じながら座っていることが出来た。


リュベック ミンク鯨 見慣れたミンククジラも背景が違うとまた違って見える。


やがて、外海に出ると、今まであちこちにあった岩場や原生林が消え、広い海になった。
それでも数十メートル先には陸地が見える。
恐らくこれまでより水深が深くなったにちがいない。
すぐにナガス鯨が姿を現すようになった。


リュベック ナガス鯨 ナガスクジラ 背景がグリーンなのが何だか嬉しい。

リュベック ナガス鯨 灯台をバックに、ナガスクジラ

 すぐそばに来たナガスクジラ リュベック ナガス鯨


船はあまり気にしておらず、むしろ船に近寄ってくることさえあった。
そのときには、大きな長い背中が見える。
向こうの陸地には白と赤に塗られたおもちゃのような灯台があって、ナガス鯨はその前を悠々といったり来たりしていた。



リュベック ナガス鯨


ステルワーゲン堆では、辺りには陸地は全くないので、このように陸のすぐそばを泳ぐ鯨は初めてで、立体感があった。
ナガス鯨の力強く高い噴気も、辺りの深い緑の針葉樹の陸地に白い霧のように映ってよく見える。

あまりナガス鯨がよく見えるので、ナガス鯨をバックに旦那の写真を撮った。
以前、ボイヤジャーでブリーチングするザトウ鯨をバックに記念写真を撮っているお客さんがいたのを思い出した。
(でも鯨と一緒に撮ると、結局どちらかがピンぼけになるのだ・・)


 リュベック ナガス鯨  リュベック ナガス鯨
     潮吹きが深緑に映える


リュベック ナガス鯨


リュベック ナガス鯨2頭
二頭で泳ぐナガスクジラ。こんなにナガスクジラを見たのは初めてだった。


リュベック ハクトウワシ 帰りに見かけたハクトウワシ

  
      橋を隔てて右はカナダ、左はアメリカ合衆国。もちろん、渡る時にはパスポートが必要。

リュベック ブッチ船長ブッチ船長は、漁網に引っかかったクジラの救出にも協力している。



1時間足らずナガス鯨を満喫し、船はまた、外洋から岩場のあるシーンに戻り、港へ帰った。

ブッチのウォッチングはなにもかも新鮮だった。
船を下りるときに料金を払うのだが、金額は決まっていない。
たいていは、ウォッチング料金は前払いだと思っていた。
当然ながら、乗客は皆、彼のナチュラリスト兼船長としての仕事にも、動物たちにも大いに満足していた。
乗客のそれぞれが、ブッチに感謝しながら、適当と思われる料金を払って下りていった。
彼は、非情に礼儀正しく謙虚だった。



翌日は、フィルやレニーと一緒に車で橋を渡ってカナダに食料の買い出しに行った。
ジャッキーに言われてパスポートをもってきたので、それが役に立った。
(ジャッキーの頭の中にはいつだって、必要な資料が取り出せるように整理整頓されているにちがいない!)
アメリカ人は車に乗ったままパスできるのだが、私たちは橋を渡って向こう岸へちょっと買い物に行くのも、入国の手続きをしなければならない。
ちょっとした海外旅行だ。

あいにく霧の立ちこめる天気だったが、シーフードなどの買い物が終わった後、4人で海に面した山を歩いた。
原生林の小道を歩いていくと、所々ぱっと視界が開けて断崖絶壁になっていたりする。
切り立った岩場もおおく、高所恐怖症の私は、遠くから眺めるだけだが、フィルはひょいひょいと先の方まで歩いていって景色に見入っている。

リュベックからカナダへ


      カナダ側原生林 原生林の中を歩く


フィルは、アイスランドでの鯨の調査から戻ってきたばかりだった。
アイスランドからミンク鯨のヒゲを持ち帰っていた。
アメリカでは海棲ほ乳類保護法によって海棲ほ乳類やその製品の輸出入が禁じられているので、持ち帰るには許可がいるが、このヒゲは、長さ約30cm位で、まだ湿って、顔を近づけると海の香りがした。
ボイヤジャーに置いてある同じ大きさのからからに乾燥した匂いのないヒゲと違って、ついさっきまで生きていた鯨の生々しさを感じさせた。
ヒゲの成分は人間の爪の主成分と同じケラチンだが、人間の指についている柔軟性のある爪と、切って一晩たった乾燥した爪の違いに似ていた。

夕方は、船の燃料を買いに、フィルと旦那と、遊びに来ていた双子の男の子で、船に乗って出かけた。
セミ鯨調査用のナーリッド(海の精)号は、外見は5〜6人乗りの小さなボートだが、操舵席の下に船室があって、トイレや炊事施設もあって、実際は10人くらい乗れる。
船首には1人だけ乗っかることの出来る、船から板一枚だけ海に突き出たところがあって、そこに立って風を受けると、足下はすぐ海で、体を支えるパイプ以外は何もなく、海の上を飛んでいるようで気持ちいい。

燃料屋さんは、海上ガソリンスタンドみたいに、海の上に建っていて(船は陸に上がれないから当然と言えば当然だが)、船を横付けしてそのまま給油できるようになっていた。

帰りは、フィルに教えてもらって、私と旦那はちょっとだけ海の真ん中で操舵させてもらった。
私たちは運転免許さえもったことがない。
何も邪魔するものがない海の上で、子どものころゴーカートにのった時みたいに、ちょっと冒険を楽しんだ。
途中、アザラシが泳いでいるのにも出会った。

その夜は、皆で近くの小さな無人島まで、ナーリッド号に乗って夕食を兼ねてピクニックに行った。
人工の光が何もない空は、夕暮れの光で入り江を美しく照らし出していく。
その光の色が薄いオレンジからピンクま色になり、だんだん暗くなっていくと、やがて星が空一面に現れてきた。
空から溢れそうな天の川が、じっと見ていると首が痛くなるような空のてっぺんにはあった。
夜空にはこんなに沢山の星があったのだということを長い間忘れていた。



時刻に連れて変わる空の景色


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