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セミクジラ研究室  
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生きたセミ鯨に会う!(翌日〜調査船・ナーリッド号で 1992年8月21日)

リュベックについて4日目、いよいよ、私も調査船に乗せてもらえることになった。
その日乗ったのは、スコット、エイミー、ボランティアのリサ、レニー、フィル、私と、水族館広報のケン。
彼は、今度水族館で刊行するセミ鯨の本のために取材と写真撮影に来ている。

まだ、調査船・ナーリッド号が湾を離れたばかりのころ、ケンに頼まれて、彼のカメラでスコットとケンが一緒の写真を撮って欲しいと頼まれる。
が、シャッターの切り方がよく分からなくて、カメラから目をはずしたときにシャッター音がしたりで申し訳なかった。
彼は極めて楽観的に、「大丈夫、大丈夫」と言っていたが、うまくとれたか心配だった。


朝早く出航したナーリッド号は、絶壁のようなグランママン島を通り過ぎ、外洋へと進む。
陸地が段々と遠ざかっていく。
この辺りはまだセミ鯨の生息域ではないが、研究員は交代で、2人ずつ船首で目視により観察できる動物を記録していく。

私も一度だけ参加した。
「何も見えなかったけど、大丈夫かなあ」とフィルに言ったら、「大丈夫、ボクも何も見えなかった」と言われたのでほっとした。


ナーリッド号の調査員たち
ナーリッド号に朝日が注ぐ。
調査員たちは、常に海上を見て、クジラはもちろん、観察できるすべての動物をレポートする。



だが、ある時を境に、「ここよりセミ鯨生息域」という看板を通り過ぎたみたいに、セミ鯨が姿を現し出した。

最初は遠くで1頭が姿を現した。
何回か潮を吹いたあと、ぐいっと背中を丸め、ザトウ鯨よりも肉厚の幅の広い尻尾がゆっくりと沈んでいく。

今まで写真でしか見たことのないセミ鯨を現実に見たとき、夢かうつつか分からない気分だった、

写真がそのまま動き出したような錯覚に捕らわれた。
さんざん写真ばかり研究室で見たせいだろうか、「写真にそっくり」というのが第一印象だった。


リュベック セミ鯨
ケンにほめてもらった写真は、やはり遠かった。



ボイヤジャーで初めて見たザトウ鯨の写真を撮った時みたいに、「遠くてもかまうものか」という気持ちで、400mmの望遠をつけたカメラを構えて、ザトウ鯨の時と同じタイミングでシャッターを切った。

横で、ケンが、「グッドピクチャー」とほめてくれた。
彼には、シャッター音を聞いただけで、良い写真がとれたか分かるんだろうか?

せっかちな私と違って、彼はまだ遠すぎる事を知っていたので、まずは鯨を観察するだけで、カメラは出していない。


リュベック セミ鯨始めに見えたセミ鯨は、これからはいる「セミ鯨の世界」の案内人のよう。


1頭が現れたあとは、複数のセミ鯨が見えるようになった。
今回は、ホエールウォッチング船ではなくて調査船なので、船はセミ鯨を見つけたら、カロシティーや体の特徴が十分に撮れる距離まで近づく。


すぐにコートシップ(求愛)中の鯨の群を見つけた。

セミ鯨の場合は、ザトウ鯨と反対で、メスが鳴いてオスを引き寄せる。
一般にヒゲクジラは一妻多夫制で、交尾の相手は不特定多数だ。

メスの周りには既に数頭のオスが集まっていて、周りには入れ替わり群れの中心に加わろうと、別のオスが機会をねらっている。
歌声に引き寄せられて更にやってくるオスもいる。

私にさえオスとメスが分かる理由は、メスはオスに交尾させないためにお腹を海上に出して泳ぐからだ。
しかし、その間、噴気口が水に浸かっているメス鯨は息を止めてないと行けないので、オス鯨はメスが息をするために元の位置に体を戻した時をねらって、交尾しようとする。

鯨たちは、興奮して、荒々しく潮吹きしながら、ロブテーリングしたりフリッパースラッピングしたりスパイホッピングのように頭を持ち上げたりして、何とか他のオスを排除し、メスの一番近くにいようとしている。


彼らには私たちがいることは全く眼中に入ってないようだった。


体を転がすセミ鯨。 リュベック セミ鯨胸びれ 


興奮のせいか、時々鯨の糞も見えた。
初めて見たときは、流血かと思ったが、セミ鯨の好物のコペポーダの色、鮮やかな褐色の液体状の糞だ。
目立つので、少し離れていても「今出した」と分かる。
この糞も、鯨のエサを知るためは貴重な資料となる。


リュベック セミ鯨の糞
頭を出したセミ鯨の1頭。
頭と口の周りには”カロシティ”と呼ばれるコブ状のものが付いている。
左側に赤く見えるのは糞。
セミ鯨がこの海域でエサとする動物プランクトンであるコペポーダが赤いためだ。


糞の他に、海の表面には、黒い鯨の皮膚が沢山浮かんでいた。
鯨の表皮は新陳代謝が激しく、絶えずはげ落ちているが、コートシップでお互いに体が擦れ合い、それが更に促進されているのだろう。
スコットが、DNA鑑定のために皮を採取して瓶に詰めた。

「私も欲しい」と言ったら、スコットが「欲しい?」と目を大きくして「だめだよ」というサインを示した。
これも、海棲ほ乳類保護法に引っかかるのだろう。

皮膚の採取にはクロスボーという弓矢を用いることもある。
先日、宿舎でグレッグに、セミ鯨の調査で用いるクロスボーを構えて写真を撮らせてもらった。
クロスボーは、船首で水平に構えてセミ鯨に向かって打つ。
回収したクロスボーからセミ鯨の皮膚の一部を採取してDNA鑑定鑑定に用いる。

今回、実際に使用されたところを見る機会はなかったが、ジャッキーに「クロスボーで打たれるのを鯨はいやがらないの?」と聞いたら、「いやがるよ、泳ぐ方向を変えたりするから」と言っていた。
それでもDNA鑑定に皮膚の採取は欠かせないし、生息数の少ないセミ鯨の場合には鯨を生きたまま調査し続けることが必要なのだ。




リュベック セミ鯨の皮   クロスボー

左:新陳代謝と活動が激しいので、その辺りの海域には鯨の皮膚がはげ落ちる。
研究のために船上に拾った一部。
右:クロスボー。鯨の皮膚を採取する道具。


      リュベック セミ鯨
         コートシップ遠景。興奮気味の鯨たちは、押し合いへし合い、潮吹きも荒い。



      リュベック セミ鯨
          セミ鯨は泳ぎが遅い、というのも、この鯨たちを見ているとウソのように思える。



                   リュベック セミ鯨 尻尾  
                       




段々セミ鯨が近くなるに従い、400mmの望遠では近すぎるくらいになってきた。
もう肉眼でもカロシティーがよく分かる距離にいる。

ナーリッドは小型で、ボイヤジャーのように鯨を上から見下ろすのと違い、海面と同じ位置に人間が立っているので、鯨から同じ距離離れていても鯨の迫力が全く異なった。
鯨がとても近くに、大きく、手を伸ばせば届きそうに感じられる。
実物大の鯨を感じることが出来る。

仰向けになったメスは、お腹が白く、胸びれはザトウ鯨の「腕や指の骨が入ってるぞ」といった感じの長くゴツゴツしたものではなく、肉厚で幅広く、ウチワサボテンのような格好のなめらかな曲線ですべすべしている。
そのメスにオスは頭からぶつかったり横すれすれを泳いだりしている。


リュベック セミ鯨
仰向けになった1頭にもう1頭が突進。頭にぶつかっているのは、セミ鯨特有の丸い胸びれ。



リュベック セミ鯨 尻尾
近すぎて、画面に入りきれない!



リュベック セミ鯨


リュベック セミ鯨
潮吹きで虹ができる。



リュベック セミ鯨
少なくとも3頭



リュベック セミ鯨 コートシップ全景
全体から見るとこんな感じ。こうなると何頭いるものか・・・。
手前左はナーリッド号の手すり。




リュベック セミ鯨



リュベック セミ鯨
噴気がV字に見える。


リュベック セミ鯨(メス) 
仰向けの鯨。メスがオスとの交尾を拒否している事もあるそうだ。
その場合、手前の鯨はオスかも。



リュベック セミ鯨
突進する鯨



リュベック セミ鯨
前を泳ぐ鯨に、頭を上げる鯨。



リュベック セミ鯨 



ナーリッド号は、コートシップの鯨のそばで、エンジンを止めて観察していたが、鯨の起こす波でだんだんと鯨の群の方へ寄っていき、どうしようもなくなってしまった。
もう、鯨が潮を吹けば風向きの悪いときにはまともに霧雨が顔にかかって臭い(!)。
もっとも、それをいやがる人間は誰一人おらず、皆、絶好のチャンスを喜んでいた。

だが、とうとう、オスの1頭が尻尾で海面を叩いて大きな波が出来、それが船に乗っている私たちを直撃した。
そして、その鯨がぶつかって船が大きく揺れた。

私とケンが写真を撮っていた後部座席の右舷が一番まともに波を喰らったが、私はとっさにカメラをコートの下に隠して無事だった。
ケンは機材が沢山あったので間に合わず波をかぶってしまい、その後、船の上で乾かしていた。
(幸い、大事には至らなかったようだ)

びしょぬれになった私たちを見て、スコットが「ちょっと近すぎたね」と笑った。
私もにっとした。
誰もケガをしたり海に落ちたりはしてなかったし、鯨の洗礼を受ける特権を光栄にこそ思え、まったく怖いとは感じていなかった。

船が鯨に近づいている間、研究員は、船の操舵、記録、写真撮影の3つのどれかをローテーションで受け持つ。
写真を撮っている人は、撮影しながら「カタログナンバー○○番(鯨の中には、研究員なら見ただけでもう個体識別出来ているものがたくさんいた)をフィルムの○○番から○○番まで撮ってるよ」という風に記録係に知らせる。
記録係は数人いるフォトグラファーのいうことをいちいち書き留めていく。

私が研究室で読んでいたデータも、こういう風にしてできたんだな。
ドキュメンタリーだから面白かったんだ。


リュベック セミ鯨 コートシップ全景
外から見たコートシップ。
多数の鯨が入り乱れるため、どこがどうなっているのか分からないほど。



セミ鯨は別名「海のカバ」と呼ばれているが、その名の通り、泳いでいる時に海上に出ている頭と背中はよく太っていて幅広く、カバが水面に現れてくるときにそっくりだ。
特にこちらに向かって泳いでくるときにはそう感じた。
潮吹きはきれいなV字型で、2本の線になる。

セミ鯨の頭はかわっていて、上から見ると、上あごが瓢箪のように真ん中がくぼんだ格好をしている。
そしてその上唇を覆うように下唇がかぶさっている。
だから、上から見ても下唇が見える。
上唇の内側には人間の身長ほどの非常に長いヒゲが数百本はえていて、それを口の中にうまく納めるために、このように上あごが小さくて下あごが大きい形になっている。

セミ鯨の頭を横から見ると、鯨の口の線は大きなS字型の弧を描いていて、口の前から後ろへ山形の円を描き、更に後ろの方では谷型の円を描く。
その先には目がある。
ヒゲの短いナガス鯨やミンク鯨などが、口の線は一直線に進んで、目の少し前で大きく斜面を描くのと比べ、セミ鯨の頭はかなり変わった格好をしている。

セミ鯨はよく太っている。

頭の後ろや背中など、海上から見える体の一部を見ても、骨が見えず、相撲レスラーのように肉がパンパンに張っている。
潜るときに見せる尻尾の辺りの姿は、横から見るとシロナガス鯨によく似ている(とは言っても、シロナガス鯨はビデオでしか見たことがないが)。
尾羽の付け根からお腹の方は、急速に肉付きが良くなっていて、体長は殆ど変わらないのに、全体にザトウ鯨の1.5倍ほど太い。
尾羽そのものも、肉厚なので、立体感がある。
鯛焼きで言うと、「尻尾の先まであんこが詰まってます」と言った感じだ。



リュベック セミ鯨
セミ鯨の別名「海のカバ」に、納得する背中。



リュベック セミ鯨



リュベック セミ鯨
背中に乗れそうに近い。




リュベック セミ鯨
もちろん、尻尾と背中は別の鯨。興奮してぶつかり合っている。



一旦、フィルム交換のため、コートシップの鯨たちから数百メートル離れた。
少し休憩して、役割交代し、またコートシップの群れに向かい調査が始まった。

そして、昼食のため、セミ鯨のいる海域を離れ、内海に戻った。


セミ鯨を見ている間は我慢していたが、実は、海は荒れていて、船酔いしていた。
でも、セミ鯨のいる間はその場を離れたくなかったし、見られるものはすべて見て、写真も出来る限り撮りたかった。

が、その分、気持ち悪さはもう限界に達していた。

鯨を離れるやいなや、我慢できなくなって、トイレに何度も往復し、そのうち戻すものもなくなって苦しくて船底のベンチで寝ていた。
下で寝ていると、誰かの「イルカがいる」と言う声に、船上はたちまち賑やかになったけど、起きてイルカを見る気にはなれなかった。

「念願のセミ鯨をみたからもういいや」とおもった。
気づくと、ケンも反対のベンチに横たわっていた。

お昼になった。
ホエールウォッチングの感覚で行けば、これだけ鯨を見てもまだお昼というのが不思議だった。
少し気分が良くなったので、上に上がって、外の景色を眺めていた。
スコットが、オイルサーディンをはさんだサンドイッチを作って勧めてくれた。

「船酔いで食べられない」と断ると、「あ、そうか」と、”こんなおいしいものを食べられないなんて”と言うジェスチャーでパクついて見せた。
食べ物を見るのもいやだったけど、酔い止めのために何ものせないパンだけ、口に押し込むように無理して食べた。


その日はそれから港に戻った。
いつもならこれから夕方までもう一仕事あるはずだが、恐らく、船が鯨にぶつかったことが関係していたのだろう。

港に着いて船を下り、異常がないかチェックした。
海面から1mくらいのところに、船の脇腹に沿ってついている幅10cmくらいの飾りか補強用の白い板の、右舷の一部分がはがれてなくなっていた。

鯨とぶつかったときに外れたらしい。
幸い、船の運航には支障は無さそうだった。


調査船・ナーリッド号
港に着いたナーリッド号。海面に近いところにある白い部分が一部欠けている。
鯨とぶつかってこれだけだったのは、ラッキーだった。


船酔いがひどくて、気持ち悪さは夜になっても消えなかった。
でも、夕食を食べながらスコットが、「なあに、翌日にはまた行きたくなるよ」と言ったとおり、翌朝、ナーリッド号の定員にあまりがあると聞いて、また乗せてもらうことにした。

今回は旦那も一緒だ。


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